旧制芦屋中学 校歌制定、バイオリニスト辻久子さんを招いて記念音楽会(昭和21年7月15日)

旧制芦屋中学校歌今から69年前、太平洋戦争の終戦からちょうど11か月後の1946年(昭和21年)7月15日、空襲で打出浜の校舎を失った旧制芦屋中学校の校歌制定式・記念音楽会が、仮校舎として間借りしていた本山第二小学校講堂で、新進気鋭のバイオリニスト辻久子さんを招いて華々しく開催されました。記念音楽会ではG線上のアリアやツィゴイネルワイゼンなどが演奏されました。
上の歌詞は、この時制定された旧制芦屋中学校の校歌です。(旧制芦屋中学4期生の卒業50周年記念誌に掲載の校歌を使わせていただきました。写真は芦中・芦高の旧本館で、正門には「兵庫縣立芦屋中學校」の札が掛けられています。)その後1948年、御影高校(前身は旧制県立第三神戸高等女学校)と交流し男女共学の新制芦屋高等学校となって現在の歌詞に部分修正されました。

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上に掲げた芦屋高等学校の校歌は、『翠球』(兵庫県立芦屋高等学校野球部五十年史)に掲載のものを使わせていただきました。

【校歌の作詞者】浅生孝之助先生(故人・母校在職1945年~47年)と岡本 仁先生(故人・母校在職1943年~49年)
【校歌の作曲者】池尻景順先生(故人・母校在職1940年~49年)

1986年1月発行の同窓会誌「あしかび」校歌特集号には、浅生先生と池尻先生の校歌を巡る思い出と写真が掲載されています。(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)


【校歌の楽譜―池尻景順先生自筆】(「芦高十五年史」より)

芦高十五年史(1955年発行)は校歌と自治会歌(当時は校友会歌)が制定されるまでの経緯を次のように記しています。(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)

芦高十五年史・校歌制定

1946年3月、同じく仮校舎の本山第一小学校講堂で開かれた芦屋中学の校内弁論大会で「校歌を作ろう」と演説し校歌制定の機運を高めた上田雄さん(芦高5期生・社会科教諭として母校在職1965年~81年)は、芦高五十年史に[芦高版春曙抄]と題して芦高校歌への想いを寄稿されています。

5期生上田雄さん[芦高版春曙抄] 左をクリックすると芦高五十年史をご覧になれます。

芦高校歌は卒業生の心にいつまでも刻み込まれています。岸井(津田)みつよさん(芦高5期生)は同窓会誌「あしかび」81号に校歌の魅力を次のように寄稿されています。(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)

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1946年の校歌制定記念音楽会に招かれたバイオリニスト辻久子さんは、1957年10月の第9回記念祭の招待音楽会に出演、芦高講堂でツィゴイネルワイゼンなどを演奏し、芦高生に深い感銘をあたえました。
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芦高校歌と自治会歌などは、芦高ホームページの学校紹介・芦高歌集を開くと聞くことが出来ます。
また、あしかび会事務局では、学年同窓会やクラブOB・OG会などで活用していただけるよう校歌CDの貸出しを行っています。

 

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