NHKラジオ深夜便 夏の甲子園・芦高の全国優勝が話題に!(2016年2月20日)

2016年2月20日(19日深夜から)放送のNHKラジオ深夜便、午前2時過ぎからの高校野球特集の時間に、1952年(昭和27年)8月の第34回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)の決勝戦の試合をアルプススタンド(芦高応援団席)で応援されたリスナーからの64年前の感激の話題が披露されました。

地元同士の決勝戦、芦高が大阪府代表の八尾高校に4-1で勝って遂に悲願の優勝、甲子園球場からすぐに阪神電車に乗って芦屋に戻り芦屋高校に向かった感激を鮮やかな記憶とともに語られました。
また、芦高の優勝チームにいた植村義信投手(8期生)や本屋敷錦吾選手(9期生)が、のちにプロ野球でおおいに活躍されたことも紹介されました。

芦高が甲子園で優勝した8月20日夕方の地元芦屋市の歓喜の様子を、朝日新聞が次のように伝えています。(画面をクリックすると拡大されて記事が読めます。)

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2014年の同窓会誌あしかび82号23ページに、栄光の勝利投手になった植村さんが「優勝!」と題して緊迫感あふれる決勝戦の展開を生き生きと描かれています。
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植村さんの文中にある「橋本さん(先輩)」とは、旧制芦屋中学に野球部をつくられた故橋本修三氏(3期生・野球部初代主将)のことで、卒業後母校から懇望されて商社勤務の傍ら、1952年7月から芦高野球部コーチとして後輩を指導されました。芦高が優勝した翌々日の朝日新聞神戸版(1952年8月22日付朝刊)に橋本さんの指導ぶりが紹介されています。
 

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(画面をクリックすると拡大されて記事が読めます。)

次の朝日新聞神戸版(1952年8月22日付)の記事は、優勝した芦高の勝因を分析しています。この記事は、翠球会(硬式野球部OB会)の土井敏幸さん(22期生 故人)が大切に保管されていたものを奥様からご提供いただきました。

 

朝日新聞神戸版の記事の裏面は、1952年8月22日のラジオ放送の番組表が掲載されています。NHKのほか前年1951年に発足したばかりの新日本放送(現・毎日放送)と朝日放送です。朝日放送の番組欄にはスポンサー企業の名前も掲載されています。
なお、テレビ放送は翌年1953年2月にNHKが、同年8月に日本テレビが放送を開始しました。大阪の民放では、1956年12月に大阪テレビが放送開始しました。

以下、『翠球』(県立芦屋高等学校野球部五十年史)から抜粋

◎石本健二郎主将の寄稿「最高の思い出」(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)


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◎第34回大会の記録(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)

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