夏の甲子園 高校野球入場式のプラカードガールの企画はあしかび会特別会員の岸 仁先生が発案!

今年も8月7日から甲子園球場で第99回全国高等学校野球選手権大会が開幕します。テレビ朝日系列で8月2日(水)夜放送の報道ステーションでは、夏の甲子園高校野球大会入場式のプラカードガールのことが紹介されていましたが、市立西宮高校の生徒がつとめるプラカードガールは1949年(昭和24年)8月の第31回全国高等学校野球選手権大会から登場しました。

このプラカードガールが代表校チームを先導する企画は、旧制芦屋中学の初代野球部長であった岸 仁先生(故人 芦中・芦高在任1943年~1949年3月 あしかび会特別会員)が1949年4月に芦高から転勤された西宮市立建石高校(現 市立西宮高校)で発案されました。その経緯について、旧制芦屋中学で岸先生の教え子であった上田  雄さん(芦高5期生 故人)が同窓会誌あしかび82号(2014年発行)で次のように紹介されています。(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)

プラカードガールが登場した第31回大会には、兵庫県代表として芦屋高校が出場し準々決勝まで勝ち進みました。(準々決勝:芦屋 0-5 高松一高)

また、市立西宮高校のホームページには次のように、本校の体育科の教諭に一任されたと書かれています。

『昭和24年(1949)8月13日の午前9時、代表23校の各校の先頭にプラカードを掲げた本校の女子生徒が初めて立ちました。第31回全国高等学校野球選手権大会の開会式。優勝した神奈川県立湘南高等学校のプラカードを持った生徒は、「女性として晴の高校野球の入場式に参列できる喜びを胸いっぱいにして」と語っています。

男女共学の思想により、男子だけであった高校野球の場にも女子が参加。当時の甲子園球場長が生徒の保護者だったこともあり、朝日新聞社の記者と共に尽力。朝日新聞社から要請を受け、本校の体育科の教諭に一任

以来、半世紀以上、球児の青春と日本の現代史と共に、真夏の甲子園を歩み続けています。終戦直後の困窮で、まだ制服を作るのも難しかった時代。全国大会にふさわしく服装を揃えるよう努力したとか。

純白の帽子に、白のブラウス、紺のスカート、胸にはピンクの薔薇をつけました。』

 

【朝日放送テレビ番組「歴史街道~ロマンへの扉~」】
2001年8月1日、<夏の甲子園・青春のプラカード>のタイトルで放送されたなかで『この“プラカード嬢”が初めて登場したのは、昭和24年(1949)の第31回大会からで、その創始者が西宮市立西宮高校の岸 仁先生だったことから、現在までこの大役は同校の女生徒が独占している。』と説明されています。

歴史街道の番組ホームページ(次のURLをクリックするとご覧になれます。)

http://www.asahi.co.jp/rekishi/04-07-30/01.htm

◎岸 仁先生が女子生徒のプラカード持ちを発案された頃の様子と当時の女子生徒の思い出などが朝日新聞(2008年8月1日付電子版)に掲載されました。
(画面をクリックすると拡大されて記事が読めます。)

◎岸 仁先生が兵庫県立芦屋高等学校野球部五十年史「翠球」に寄稿された『野球部誕生前後』を次に掲げます。(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます。)

◎第99回大会は台風5号のため8月8日に順延となった開会式で、大会旗に続いて歴代優勝校の校旗が入場、市立西宮高校の女子生徒が持つ芦高校旗も入場しました。

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